はじめに
時は17世紀、Robert Hookeの顕微鏡観察によって細胞(cell)がはじめて認識されました。
このとき、Hookeが観察したのはコルクの断片。つまり、植物の細胞壁でした。
植物細胞壁が織り成す複雑な構造をみて、小部屋(cell)という名前が与えられたのです。
もし、はじめて発見された細胞が微生物や動物細胞だったとしたら…
いまごろ、cellという名前は付いていなかったかもしれません。
細胞生物学において、植物細胞は最も由緒正しい生物材料のひとつと言えます。
「どうしてこんな形になっているのだろう?」
Hookeも抱いたはずの、この素朴な疑問。まだ完全に解明されたとは言えません。
私たちは、現代的なアプローチで植物細胞の形態形成に関する研究に取り組んでいます。
また、Hookeは自作した顕微鏡の性能を評価する過程で細胞を発見したそうです。
顕微鏡が発明された当時、どんなに観察は楽しかったことでしょう。
普段から目にしているものを、倍率を上げて見たときの驚きは今も昔も変わりません。
静的なイメージを持つ植物も、細胞の中身はせわしなく動き回っていることがわかります。
教科書を使った勉強もだいじですが、身近な植物をぜひ顕微鏡をのぞいてみてください。
生命の現場をみたときの高揚感は何ものにも代えがたい体験になることでしょう。
顕微鏡などの可視化技術は、私たちを楽しませ、私たちの理解を深めてきました。
さらに近年、顕微鏡装置や画像解析技術の目覚ましい発展を背景に
画像データ解析によって生命現象を理解しようとする研究領域が形成されつつあります。
私たちは、顕微鏡を日常的に覗きながら、生物画像解析技術の開発にも取り組んでいます。
独自の視点と技術を通して、植物の小さな真実の姿を私たちと一緒にみつめましょう!
具体的な研究テーマ
私たちは、画像データを通して生命を可視的に捉える学問領域を広く画像生物学(Imaging Biology)と呼んでいます。
当該研究領域の推進のため当研究室ではメンバーの自由な発想に基づき、多様な画像生物学研究を展開しています。
そのため、下記はあくまで当研究室での実施例の一部に過ぎず、これからの研究内容を制限するものではありません。
1. 植物の細胞骨格と細胞形態に関する研究
タンパク質の重合体である細胞骨格(微小管やアクチン繊維など)は細胞内で網や束などの高次構造を構築し、細胞構造の変化に深く関与します。私たちは植物細胞のかたちが劇的な変化を遂げる細胞分裂、細胞伸長、細胞死などに着目し、イメージングと画像解析技術を駆使して細胞骨格の動態と役割に関する研究をしています(PLOS Comput Biol 2016, Plant Physiol 2016, 2018ab, 2019, Plant J 2017, Plant Cell Physiol 2017, 2020, 2023)。
2. 気孔の発生と開閉機能に関する研究
植物の葉や茎の表面に分布する気孔は植物のガス代謝や水分調節を担う重要な器官です。気孔の開閉機能は気孔を形成する一対の孔辺細胞の膨圧運動により実現されており、環境変化に応じてその密度や開度を適切に調節します。私たちは孔辺細胞の分化と機能に関わる時間空間的な制御機構の視覚的な理解を目指しています(Plant J 2010, Sci Rep 2012, Nature Commun 2013, 2020, Plant Cell Physiol 2014, PLOS One 2013, 2016, Gene Cells 2020)。
3. 生物画像解析技術の開発
実験生物学者の観点から、研究現場で真に役立つ技術開発を行っています。これまで、汎用的な生物画像分類(Nature Commun 2012)、広域画像の注目領域検出(Sci Rep 2015)、細胞骨格の束化定量(Sci Rep 2020, Protoplasma 2022)、植物の立体再構成(Plant Cell Physiol 2021)などの技術開発に取り組んできました。また、共同研究として生物画像解析技術の提供・支援も行っています(PNAS 2016, 2019, Nature Plants 2018, 2022, Nature Commun 2020, Curr Biol 2022, 2023, Commun Biol 2022, Sci Rep 2023, Science 2023)。